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2025/03/06 00:02
「ねえ、あなたは今、幸せ?」
ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。
私は幸せだ。たぶん。きっと。
だって、今は『結婚しなくても幸せになれる時代』なのだから。
望んでいたカタチではないにしても、それなりに充実した生活を送っている。仕事も順調だし、好きなことに時間を使えている。それなのに——。
街を歩けば、子どもと手をつなぐ夫婦や、ベンチで寄り添う恋人たちの姿が目に入る。そのたびに、胸の奥がざわめく。
「本当は私も、あっち側にいたはずだったのに——」
二十代前半から七年間、付き合った人がいた。
三年目からは同棲もしていた。
「プロポーズまだ?」冗談めかして聞くたび、彼はいつものらりくらりとかわした。
「まあ、あいつは優柔不断だから」
そんな風に、自分に言い聞かせながら待ち続けた。でも、友人たちの結婚報告を聞くたびに、心のどこかで焦りが募っていった。
「プロポーズまだ?」
軽い口調で言っていたはずの言葉が、いつの間にか、彼を追い詰めるものになっていたのかもしれない。
次第に、結婚の話をするだけで彼は不機嫌になり、私は不安になった。
「こんなの本当は柄じゃないけど、こうなったら“逆プロポーズ”でもしてやるか」
そう思っていた矢先だった。
「別れたい」
「……は?」
冗談かと思った。ふざけないでよ、と笑おうとした。でも、彼の表情は真剣だった。
「なんで?私の何がいけなかったの?」
泣きながら問い詰めても、彼は「ごめん」としか言わなかった。
結婚が重かった? 他に好きな人ができた? それとも……?
何でもいい。理由を言ってくれたら、まだ納得できたのに。
でも、彼はただ「別れてくれ」とだけ繰り返した。
「こんなに長く一緒にいたのに……理由も言えないような男と結婚しなくて、むしろ良かったんじゃない?」
友人たちは励ましてくれた。
「心配しなくても、すぐにもっといい人見つかるって!」
笑ってうなずいたけれど、心にはぽっかり穴が空いたままだった。
彼と過ごした七年間は、私の人生のすべてだった。
「この人と結婚するんだ」と思っていたからこそ、不安定なところも、優柔不断なところも受け入れてきたのに。
この七年間は、いったい何だったんだろう。
虚しさを埋めるように仕事に打ち込んだ。
気づけば、それなりの経験と肩書を手に入れていた。
今の生活は、充実しているはず。仕事も楽しいし、人間関係も良好。
それでも、心の奥にぽつんと取り残されたものがある。
「私が求めた“幸せのカタチ”は、これじゃない」
誰もが、かつて描いた理想とは少し違う何かを、それでも幸せと呼ぶのだろう。
そう頭では分かっていても、心は頷いてくれなかった。
幸せの形がわからなくなったとき、人は何か目に見えるものを求めるのかもしれない。
ふと、スマホでジュエリーを検索していた。
(ヒメタオモイ……?)
モデルの指先に光るそのリングを見つめていると、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
それは、何かを決意する前触れのような感覚だった。
ピンキーリングを着け始めて数週間。
何か劇的に変わったわけじゃない。でも、不思議と前より少しだけ、前向きになれた気がする。
リングが持つおまじないの力か、それとも「自分のために」選んだジュエリーだからか。
「うん、これで一回やってみようか」
「あ、はい! ありがとうございます!」
三ヶ月前にチームに入った彼は、少し頼りないけれど、素直で努力家だ。
最近は企画のまとめ方も上手くなってきた。次のプロジェクトが成功したら、彼にとって大きなステップアップになる。
それなのに、どうも浮かない顔をしている。
「何か不安なことある?」
「いや……その……」
もじもじと視線をそらしながら、彼が口を開く。
「あの、その指輪……彼氏さんから、ですか?」
「え?」
思わず、自分の小指を見つめる。
「これ? これは、自分で買ったのよ」
くすっと笑うと、彼はホッとしたように微笑んだ。
「……よかった」
その言葉に、一瞬、耳を疑う。
え? 何がよかったの?
「あの……もし、この企画がうまくいったら——」
彼が顔を赤らめながら、まっすぐに私を見つめる。
その瞬間、ピンキーリングをはめた小指が、ほんのりと熱を帯びた。
まるで、小さな幸せの予感を告げるように——。